どうやら俺は死んだようだ。
白い棺の中に入れられた俺を取り囲んで家族が泣いている。
妹のY美。息子、それに2人の娘。孫3人。
それから俺の親友のT沢。
それぞれが皆、喪服を着ている。
どうやら俺のお通夜みたいだ。
死んだときのことはぼんやり覚えている。
病院だった。
前立腺がんの治療を受けていたが結局だめだったのだろう。
死ぬ時は死ぬんだ、と豪語していた俺もいざ死んでみると
少し悲しい。
俺の遺体にすがるように泣く娘たち。
泣いているのを見たことがない息子の涙。
そんな様子をみていると、最後に何か言っておけなかったことが
悔やまれる。
人間は生きているうちに、縁のあった人たちに対して
感謝の言葉をかけておくべきだよな、
そんなことを思うけれども、いまさら遅い。
まあ、しかし、どうもありがとう。
49日が経った。
霊的な話しが大好きだった親友のT沢によると、
死んであの世に行くときには、自分のご先祖さまが迎えに来てくれるそうだが
実際のところどうなんだろう?
しかし俺は生きている間、先祖のことを思ったことがないし
ましてや、先祖供養などしたことがない。
仏壇に手を合わせたこともないくらいなのだから
先祖のことを思うのは、せいぜい墓参りに行くときぐらいだ。
周りは暗闇だ。だんだん心細くなる。
すると遠くから光がみえてきた。
やった!何かみえるぞ?
するとその光のようなものは、徐々に俺に近づいてくる。
しかし、近づけば近づくほど、それは光ではなく炎の塊のように
見えてきた。
ん?何だあれは。
じっと、目をこらす。
馬が馬車をひいているようにもみえるが、それはなんと全て火で
おおわれている。火の馬車だ!
そして馬車の上には人間のようなものが2人乗っていて、
金色に光る目で、こちらを確認するように見ている。
しかし、それも人間ではなく青い皮膚の恐ろしい形相をした化け物だった。
前の方には、赤い皮膚の化け物が火だるまの馬を引いている。
青い鬼と赤い鬼、といったところか。
「よし!みつけたぞ。あいつだな。」
こちらに向かってくる奴らを確認すると
俺は恐怖におののき、逃げようとした。すると青い鬼が
鋭い鉄のカマを俺めがけて飛ばしてくるではないか。
ギャー!!!
俺の両足は、いとも簡単に切り取られた。
「悪いな。逃げようとする者はこうするきまりになっているのでな。」
青い鬼と赤い鬼は俺の両脇をつかみ、馬車に乗せて勢いよく元の方向へ
走りだした。
・・何だ?ここは。どうやら天国ではないようだ。
ありとあらゆるところから、人間の悲鳴が聞こえてくる。
ふと見るとさまざま色の鬼の集団が、人間を逆さまにして煮えたぎる湯の中に
つけている。
別のところでは男が逆さにくくりつけられ、股裂きにされていた。
ヒィィー!お許しくださいィー!
裂け目からは血が滴り落ちていた。
鬼共は言った。
「この男はあらゆる女を犯し、あろうことか
何度も堕胎させた冷酷非情な男である!
このような男に相応しい処刑を施してやる。」
緑の鬼はどこからか焼けて赤くなった鉄の串を持ってきて
男の尿道の中に勢いよく突っ込んだ。
男は叫び声にならない奇怪な声を発するや、だらりと失神した。
目にも当てられない状況に、身体がぶるぶる震えてきた。
自分もいずれあのような目に遭うのか。
青鬼と赤鬼は俺を縛りあげるや否や、背中を押して前に進むよう
促した。右足で一歩踏み込む。おや?脚がある。
どうやら、この世界ではどんな拷問を受けても
元に戻る仕組みがあるらしい。しかし、それは死なないことを意味する。
生かさず殺さず、永遠に拷問を受けるということか。
といってもすでに死んでいるのだが。
俺はよろめきながら、前に進んだ。すると「止まれ。」とずいぶん高いところから
響く声に動きを止めた。
それは体長4~5メートルくらいはあろうか。真っ黒い皮膚の男が椅子に腰かけ
こちらを見下ろしていた。鬼たち同様、服を着用しておらず全裸である。
炎が燃えたぎるような髪。恐ろしい形相。股間には勃起したペニス。
「わしは、閻魔大王である。」
閻魔大王か、本やインターネットで見た閻魔大王とはずいぶん違うな。
とのんきなことを思っていたら、閻魔大王は青鬼と赤鬼に向かって
「連れてまいれ。」と指示を出した。
別の部屋から連れて来られた女は、何か見覚えのある女だった。
歳のころ30くらい、頭にうさぎの耳をつけ、ボンテージルックに
ニーハイブーツ。そんな女が麻縄で後ろ手縛りをされ、口にはギャグボールが
きっちりとはめられていた。
「このうさぎ女に見覚えがあるな。」と閻魔大王は言った。
「うーうー!」うさぎ女は何か言いたげだった。
しかし、閻魔大王は
「このうさぎ女は口から人を惑わす妖術を使うので、こうして猿ぐつわをしておる。」
と言う。
「貴様はわしの問いだけに、答えればよい。いいな。
もう一度聞く。このうさぎ女に見覚えがあるな。」
俺は死んでから現生での記憶が薄れたのか、思いだすのに多少の時間がかかった。
しかし、その顔は忘れもしないA女王様の顔だった。
俺はSMクラブで性的欲望を解消する変態男であり、現生ではそれを多少なりとも
恥じていた。彼女はその相手をしていてくれた女だ。
恥ずかしいと同時に、懐かしくも感じた。
「あなた!!」
俺が何か言おうとすると、後ろからまたもや聞き覚えのある女の声がした。
これはしっかりわかった。
振り向くと、俺より先に他界した妻のY恵の姿があった。
「Y恵!」
と懐かしさといとおしさのあまり、駆け寄ろうとするが
青鬼と赤鬼に取りおされられた。
Y恵も数人の鬼に捕まえられて、身動きが取れないでいる。
「はやく答えないと、この女を拷問にかけるぞ。」
と閻魔大王は脅してくる。
俺は混乱した。
正直者で善人のY恵がなぜこのような地獄にいるのかということだ。
本来、天国に行くべき人間が、地獄におとされたのか?
ここは正直に答えるべきなのか、それとも嘘をつくべきなのか?
「このうさぎ女は自分の排泄物を男に食べさせ、更には拷問をし、
その上で性的快楽を与えていた。このうさぎ女はこれから地獄行きなのだが、
お前は自身の答えによって、これからの行く先が決まる。わかっておるな?」
閻魔大王は俺を睨みつけた。
じょうだんじゃない!地獄に行ってたまるもんか。
それにY恵は俺のせいで、ここに連れられてきたのではないだろうな。
本来、天国に行くはずだったのに、なんて可哀想なことだ。
「知りません。こんな女には会ったことがありません。」
すると、閻魔大王と鬼共はゲラゲラ笑いだした。
地鳴りがするほどに大きい声だった。
天地が切り裂かれるような恐ろしい音が、どこからともなく鳴り響く。
何かの審判が下りたようだった。
「お前は嘘をついたな。この世界では嘘はすべてお見通しだ。
本当のことを言えば、すこしはマシだったかもしれないものを。
夫婦共々なかよく地獄へ行け。お前の妻も地獄行きだ。
お前の妻は生前、お前に隠れて浮気をしておった。しかも一回ではないぞ。
不義密通はとくに重罪。お前よりも重い罪なのである!」