或る蒸し暑い日、私は喉の渇きを癒そうと近くのコンビニエンスストアに入りました。
入口で雑誌を読んでいる男のうしろを通るとき、なんとなく目線を男の方に向けると
真っ白なTシャツから出た首には、くっきりと赤黒い筋模様が浮かんでいました。
それはまるで「首つり自殺」でもしたかのような。
その男は人間なのか、そうでないものなのかよくわかりませんでした。
そのとき、私は何か嫌な予感がしました。
こういう予感って当たるのです。良いものも、悪いものも。
数日後、知人から電話がありました。
息子さんが、首つり自殺をしたのだと。
彼は車いすで過ごしている20代の青年でした。
私は彼に何度か会ったことがあり、身体が不自由ながらも毎朝自分で
車を運転して仕事に行き、一生懸命生きている青年だったという印象があります。
彼は可愛がっていた犬のリードで首をつっていました。
第一発見者は父親でした。
彼はもともとは身体のすべてが動く人間でした。小学校高学年までは。
中学校に入学してから、体育のマット運動で転んで首をひねってしまい
下半身が動かなくなってしまいました。
そこから彼の人生が大きく変わってしまったのだと思いますが
彼は彼なりに懸命に生きてきたのだと思う。
彼の人生をここでこんな簡単に述べることは、おこがましいことですが
人間はかならず、いつか死ぬんです。
メメント・モリ。
自分で命を断たなくったって、いずれ死はやってきます。
そして、死からは絶対に逃れることが出来ません。
人間の一生は苦しみが続けば続くほど、長く感じられますが
思っているほど長くはありません。
あなたが人生を終えるとき、ああ意外と短かったな、あっという間だったな
と思うことでしょう。
そして、人間はすべてが終わるとき、すべてを忘れます。
すべてを忘れてしまうなんて、悲しいなと思うのですが、
それはしかたないことなのです。
愛した思いでも、愛された思いでも、悲しんだ思いでも、苦しんだ思いでも
すべてを忘れます。
人間はなぜ笑うのか。
神様が人間に何故笑いを与えたのか。
人間には逃れられぬ悲しみがあるからです。
誰かと一緒にいて笑ったり明るくふるまっていても、どこか心の奥底に
悲しくて孤独な思いがあるのはそのせいです。
人間はいつかすべてと別れる日がやってきて、すべてと離れて、
全部忘れてしまいます。
これは、どうあがいたって変えられないことなのです。
この世に生れてきたという事実は奇跡です。
もうたぶん、二度とない機会かもしれません。
何でこんなに自分だけ苦しまなければならないのだ、と思うかもしれないけれど
周りをよく見渡してみてください。
ここでこうして縁があって出逢った人間に、感謝をしてみてください。
いつか必ず別れの日はやって来ます。
わずかの時間を大切にしてください。
【The back horn/夢の花】