不幸症候群~ネガティブ思考であるゆえん~

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SMの世界では「普通に生きていれば見えないもの」が見えてしまうことが多い。
それがSMの良いところでもあり、悪いところでもあるのかもしれない。
見えないものが見えてしまうことが苦痛である人はこの場所を離れていくし
そうでない人はそれをとことん追求できる。
それがSMクラブの良いところのではないでしょうか。
たくさんある中の、ひとつにすぎませんが。

私はもともと人間の「虚栄心」とか「偽善」とか「自己保身」が大嫌いで
相手の人間にそれをちょっとでもみつけると、木端微塵にしたい衝動に
駆られている人間でした。(ちょっとこわい)
というよりも、玉砕することによって、
相手のほんとうの姿を見てみたいというのが本心です。怒ると本性が出ますから。

それと、このブログでもそうですが私は弱点をさらけ出しています。これも理由があって
人間は相手の弱点を攻撃しようとするときに、本性が出るからです。
だから、いつ攻撃されてもいいようにお腹を出した犬のように転がってみるけれど、
あえてそうすると人間は攻撃してこないものです。それは私の理由がある打算です。

以前朝霧ボスに「いったい誰と闘ってるの?」と聞かれたことがありますが、
自分と闘っています。これは昔も今も何ら、変わりありません。

私はドミナとしては、おちこぼれで不良です。協調性もありません。
空気も読めないし、相手が望んでいることも正直よくわかりません。
仮にわかるとしてもそれは、私の中にある経験に基づいたマトリックス図に当てはめて
判断しているだけ。
能力がとくにない私が唯一得意としているものは、自身の醜くて汚くてどろどろした衝動を
プレーのパワーに変換する、ということに尽きます。
いったいどうやって変換するのかは、ここでは書けませんが、相手の望む悪魔になることは
私には自由自在です。

私は今まで星の数ほどのドミナと接してきましたが、私のようなやり方をしているドミナは
すぐ潰れてしまいます。精神的におかしくなってしまうのです。
負のエネルギーを相手にぶつけることは、良心の呵責があるからなのかもしれません。
それが健全な人間ですから。

私がおかしくならないのは、普通じゃないのかもしれませんが、
良心は人なみにあるつもりですし、結局私は自分と闘うのが好きなマゾなんだと思います。
究極のエゴイストです。
自分と闘うなんて、非生産的で無駄な行為だと思われるかもしれない。
ところが私は無駄な行為を一生懸命やるのが大好きなのです。
人が無駄だと言えば言うほど、熱烈にやります。バカです。

私は究極のネガティブ思考の持ち主です。
世の中が混乱すればするほど、今私はまさに生きているんだという実感を得ます。
ポジティブという言葉は安っぽくて嫌い。中身のないうすらバカ。この世になくてもいいくらい。
ネガティブが転じて生きるパワーになればいい。

私は混乱と争いの女神を愛しています。ようするにこれは、破壊と再生なんです。
昨今の日本が置かれている状況と同じ。
再生したければ、破壊すればいい。

地獄のような苦しみに、七転八倒
自身の不甲斐なさに、阿鼻叫喚。

負のパワーを源に生きる人々。
私はSMクラブでこれらの人々をたくさん見ました。
苦しみを得ることで、精神の救いを得る人々がいます。

これを、名づけるとしたら不幸症候群というのがぴったりでしょう。
自分が不幸症候群だとわかったなら、克服すればいい。
これを克服してはじめてポジティブと言えるんじゃないか。
中身のないポジティブなんかいらない。そんなもの捨ててしまえ。
不幸症候群の人々がそれを乗り越えたら、何にもゆるぎない強靭な精神と肉体が
できあがるんじゃないかしら。だめならルンペンにでもなりなさい。

私はいつも地獄のようなプレーが終わってから、彼らと笑いあっている。
傷をなめ合いたいわけじゃない。
“それがいつ無くなってもいいように”一生懸命生きるだけではないですか。
たとえ無駄なことでもね。
大切なものを無くしたことがある人なら、おわかりでしょう。


Yellow Magic Orchestra – Perspective

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