浮遊魚のドロシー(改訂版)

8月 2, 2011

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都内、老舗SMクラブのオフィス。

デスク近くに設置された、45センチほどの小さな水槽。そこを住処とする
メダカのAとBとCは、夏の到来と同時に死んだ。
夏が来る前にいっしょうけんめい動きすぎたせいだ。

最後は真っ直ぐに泳ぐことすらできず、3日ほどもがき苦しんだ末、
逆さまになって死んだ。

AとBとCは一見仲がよいメダカ仲間ではあったが
ほんとうはお互いが嫌いだった。
自分でも拭い去ることのできない妙なプライドのために、
お互いの本音を出すことができず
腹の中を探り合って生きるしかない悲しい魚共だった。

一方、コリドラスのドロシーは「のろま」なうえ、地べたを這いずるしかなく「無口で暗く」そのうえ

「協調性」がなかったため、
メダカたちからは嫌われていたが
逆にそのおかげで、彼らの醜い闘いに巻き込まれずに済んだ。

ドロシーは「ある真理」を理解しながら行動していた。

自分の生命を脅かすものは「生き急ぐ」ことだ。
それは世間では「向上心」ともいう。

メダカたちがもっとも大切にしているものは専ら「ステータス」であった。
それらが高いメダカであればあるほど、メダカ界ではエリートなのだ。
ドロシーはそれに価値を感じていなかった。

ドロシーが大切にしているものは、何もない。
ただ「ご飯を食べ、うんこをする」ことだけだ。
自分が無能なのは、わかっているので、誰かと比較したりしないし
比較しないから、誰も責めない。

メダカたちは、そんなドロシーを、
「バカでのろまなうんこ製造機」といって卑下していた。
そういって卑下すればするほど、自分の立場が上になる幻想さえ抱いた。

ステータスの高さを競いあっていたエリートのメダカたちのほうが、
その「馬鹿でのろま」なドロシーよりも先に死んでしまうなどと
いったい、誰が予想できたであろうか。

「死んでしまえば、何もかも終わりだ。」

ドロシーは今日も水槽の隅っこでじっとしながら、フロントの女性が
時おり与えるわずかな餌を食べ、うんこを垂れ流すのであった。

ある日、ドロシーは水槽の砂利につくコケを一心不乱に食べているのだが
水槽をコツコツと叩く音に動きを止めた。

目線をやるとウサギのにんまりした顔が、ぼんやりとガラス越しに見えた。
こいつはSMクラブに所属している女なのだが、時おりこうして水槽の
中を覗き込んでいるのである。

ドロシーはウサギを脅かしてやろうと、猛烈な勢いで水槽の中を暴れまわった。
ウサギはその形相に恐れおののき、たじろいだ。

大人しくしていれば図に乗ってきやがる。
放っておくと妙になれなれしくなってくるから、ヤるときはヤらないとしかたない。

それが、「バカでのろまなうんこ製造機」としての、ちっぽけなプライドなのである。

その半年後に、SMクラブのオフィスで火災があり、ドロシーは焼け死んだ。
何が運命を動かすかなんて、誰もわからない。
ただ、事実を受け入れるしかない。

ドロシーは新宿歌舞伎町にある、花園神社の桜の木の下に埋まっています。

(2011年8月の投稿)