鉄の味

1月 7, 2022

現代は物質に満たされたぶん、心を蔑ろにする部分が多々あっていっけん健全にみえるものでも、実は狂っていて使い物にならないだとか、そういったことが罷り通る世の中であったりします。便利すぎるのは不便です。利益を追求するのは良いことだけれど、現実主義すぎてロマンスがありません。情緒は心の豊かさを生みます。かといって夢見がち脳内お花畑もいけません。社会不適合者になってしまいますす。なにごともバランスが大事です。自殺を合法化しようというバカもいけません。生き物の中で自ら命を断つ行為をするのは人間だけです。知能が高すぎて逆にバカになってしまうのでしょう。あまりにもギスギスしすぎなのです。こんな時こそクルクルパーになるべきです。わたしは子どものころからみんなが楽しくバーベキューパーティーをしているときに、水を張ったバケツを持っていってそれをブチまけるのが夢でした。バーベキューパーティーは台無しですが、きっと心がすっきりするでしょう。すべてが台無しになって怒り出す人もいるかもしれませんが、そいつの頭をかち割ってやりましょう。そんなことを考えているときに、思春期のころウィリアム・バロウズに出逢いました。ちぐはぐな世の中に合点がいきました。このクルクルパーこそ真の人間なんだと子どものわたしは、喜び勇んでおどり狂いました。大人になった今も、それは変わりがありません。その思考はSMプレーをおこなう上でずっと生きてきました。それと、性的に興奮を覚えたのはジャン・ニコラ・アルチュール・ランボーでした。彼はわたしの全てを変えました。性欲に対して忠実に生きるバカからロマンスが生まれるのです。人格ベースになったのは岡田あーみん先生のお父さんは心配性でした。それらはわたしの中ででずっと生き続けています。ということで、ウィリアム・バロウズを読んでいるような人物は頭がおかしいので近づかない方が良い。ということです。

神田沙也加さんの、ご冥福をお祈り申し上げます。どんな人生であっても、その人が決めたことならそれが正しいです。